私たちの物語


『一番大変な産後に欲しかったヘルシーで優しいサービス、脱サラして始めました。』

共同創設者 反町 真理香

『どうしてハッピータミー始めたんですか?』お客様にもよく聞かれるんです。それは私が自分の大変な時期がきっかけでした。妊娠中、私の体が和食しか受け付けなったんです。あー、私の体って和食でできているんだなー。と実感。そして、お腹の赤ちゃんのためにも妊婦の自分のためにも健康的な和食を食べたいけど、なかなか見つからない。レストランのお食事は美味しいけど、いつも同じものを注文してしまったり、味が濃くてすぐに飽きてしまったり、塩分や防腐剤などが気になってしまったり。お母さんがニューヨークに来てくれたらいいのに。献立を決めたり、食材リストを作ったり、その買い物も大変。和食のお惣菜を宅配してくれるところがあったらいいのに。ニューヨークでママになった人たち、どうやってたんだろう。。産後3か月で職場復帰した私は忙しさと疲労で毎日生き残るのに必死。産後回復の大事な時期なのに栄養が摂れていない。私が欲しいヘルシーな和食を、私と同じ思いの人にも届けるのをお仕事にできたら最高じゃない?!こうしてハッピータミーは今では6人の日本人スタッフでNY近郊のご家族やお仕事で忙しい方、ご高齢の方などにお食事を届け続けています。

『ママが子供の健康を思って作るお家ご飯』

共同創設者 八田百合

献立を考える時に特に力を入れたテーマが『健康的に毎日美味しく食べれる食事』でした。美味しい物は、栄養バランスが良くなかったりするので、特にこれからママになる皆さんは、妊娠、出産、授乳、子育て、など自分が大変な時だからこそ栄養バランスは崩したくないですよね。ニューヨークでは特に食べられない味、子供の時に大好きだった懐かしい味を再現していきました。健康重視で飽きないレシピはどういうものだろうと考えては改善していったらいつの間にか100以上のレシピが出来上がっていました。色んなお料理を出せると同時に、色んな思い出が作れるような経験ができたらいいなあ。。。私のおばあちゃんは肉じゃを作る時、玉ねぎだらけの出汁を残して、次の日は糸蒟蒻を足して煮込んで、蒟蒻好きな孫達に新しい1品を作ってくれていました。それが食べれると思うと次の日も楽しみになる。肉じゃがは大好きなおばあちゃんとの思い出がいっぱい。私が教わったおばあちゃんの味も生活の知恵も優しさもハッピータミーのお料理で出せたらいいなと、肉じゃがの時は煮汁をたっぷり詰めます。ニューヨークに無いのは懐かしい味ではなく、そういうコミュニティーかもしれないですね。故郷から離れていても、家族の暖かさを感じれるようなサービスを作っていければいいと思います。


[MY] ハッピータミークラブはどのように始まったのか

MarikaYuriの出会いは、ニューヨークシティのプラット・インスティテュートの大学院時代に遡ります。二人の運命の一目惚れは、エレベーターの中で、同じ階に上がり、同じ通路を歩き、鳩が上空を飛んだことでした…冗談はさておき、二人は同じ寮に住んでいて、すぐに親友になりました。彼女達は 夜明けまで語り合って、自分達の目標、夢、恋バナを共有し、他の学生と同じように一生懸命勉強もしました。数年が経ち、彼女達は今も同じ街に住​​む親友であり、日々の生活に追われていますが、ある日、真理香がこんな質問を投げかけます。 「私のシェフになってください!」寮生活時代と時の様に自分のビジョン:お食事サービスのビジネスプランを打ち明けました。もちろん、百合はそのアイデアをすぐに気に入り、感銘を受けました。 "Yes I do"。彼女達は[MY] Happy Tummy Club を直ちに設立しました。平凡で真面目なクリエイティブな 2 人のママが、一緒に非凡な存在になることを決意しました。